CASE-1
SHINJI
昨日カヲル君が、中等部の女の子からラブレターをもらったことを、
僕は知っている。
カヲル君がラブレターを貰うのは、今に始まったことじゃないけどね。
カヲル君は頭が良くて、綺麗な容姿をしていて、何でもそつ無くこなす。
その上、生徒会長なんていうオプション付きだ。
もてて当たり前。
カヲル君にラブレターを渡した子は、さらさらのロングヘアーの可愛い子だった。
カヲル君はあのラブレターをどうするんだろう?
なんて、返事をするんだろう?
でも、僕はラブレターなんて貰ったこと無い。
「シンジ君・・・・・何をしているんだい?」
窓に張り付いて外を見ていた僕に、カヲル君が声を掛けてきた。
「・・・・・シュレディンガーの猫についてだよ。」
「え、量子力学・・・・・・?」
「違うよ、道徳心についてだよ、猫にとってはどうでもいいような実験に
使われてしまう猫って、可哀相だよね。学者は何にも感じないのかな?
確率的存在なんて、別にどうだっていいような事なのにさ。
あと、あれ、ライカ犬、犬にとっては宇宙なんて、やっぱりどうでもよかった
と思うんだ。だいたい、あの犬は回収されたのかな?
犬や、猫だって権利や主張はあると思うんだけど、僕。」
「・・・・・・・シンジ君の言っていることが、よく分からないよ・・・・」
「そう?」
カヲル君は少し困ったような顔で、僕を見た。
「何か・・・・・怒っているのかな、シンジ君?」
図星。
いや違う。
僕は別に怒ってなんかいない。
でも、なんだろう・・・・・これは、この気持ちは?
カヲル君はいつもの、そして誰にでも向ける笑顔で言った。
「遅くなってごめん、帰ろうか、」
「・・・・・・・・」
僕は別にカヲル君を待っていたわけではない。
ただ、なんとなく残っていただけ。
本当だよ。
けれど、気が付くと僕はいつもカヲル君のペースに嵌められている気がして
ならない。
カヲル君は、ただの友達。
ただのクラスメイト。
親友でも何でもない。
何時も一緒にいるだけの、ただの友達。
だから、僕には関係ない。
カヲル君が誰を好きになったって、誰がカヲル君を好きになったって。
「寄ってゆく?」
いつもの十字路で、カヲルくんが僕に尋ねる。
それはつまり、カヲル君の家に行くか?ということだ。
”おいでよ”なら、行ってもいいけど、”来る?”なら行かない。
僕の意見を尊重している尋ね方なのだろうけど。
でも、そう言われると行きづらい。特に、今日は。
だから、僕の答えはこうだ。
「ううん、・・・・・帰るよ、」
「・・・・・・そう、じゃあ、また明日、」
カヲル君は少し間を置いてから、そう言った。
僕たちはそこで別れて、それぞれの家に向かう。
僕は時々カヲル君の処に寄ってから帰る。
何処にでもあるような、友達同士の会話をしたり、課題をやったり。
独り暮らしをしているカヲル君の処に、僕は気兼ねなく寄れる。
気を使う必要がないから。
僕は人と付き合うのが苦手なのかも知れない。
人と居ると、とても疲れる。
けれど、カヲル君は別だった。彼といても、僕は少しも疲れない。
居心地がいいんだ。とても・・・
僕はそれに安心していた。
昨日のあれを、見るまでは。
いままで、カヲル君がラブレターを貰ったことは何度もあったけど
あんなふうに、直接渡した女の子は初めてだ。
真っすぐにカヲル君を見て、とても真剣な目をしていた。
きっと、物凄く本気でカヲル君が好きなんだ。
それは僕にも伝わった。
勇気があるな、正直そう思った。
そして、その子がとても綺麗に見えたんだ。
僕は、心臓が痛かった。
僕に、あんな事はできない・・・・・
カヲル君は、ラブレターを貰ったことを僕に一言も言わなかった。
半死半生の猫。
今の僕は、箱に入れられた猫。
生きているのか死んでいるのか分からない、見えない猫だ。
誰かが箱を開けてくれるのを、じっと待ってる。
一緒に入れられた毒ガス噴霧器に脅えながら。
教室での、私の席からシンジの席までは少し離れている。
シンジの斜め後ろにカヲルが座っている。
授業中何回も、私はカヲルの方に視線を走らせる。
そして同じように、カヲルも誰かに視線を送っている。
カヲルの視線。私はその先を知っている。
その先には・・・・・
きっと誰も気が付かない。
カヲルがあんな目で・・・・・・見ていることに。
見られている本人は、もっと気が付かないだろうけど。
だから、気が付かないうちに。
カヲルがそれを、口にしてしまう前に。
まだ、私にもチャンスはある。
移動教室では好きな席が取れる。
出遅れてしまった私とヒカリは、余りいい席を確保できなかった。
廊下側の真ん中よりの席。
席に着くと私は直に二人を探す。
いた・・・・・・・
意外に教師から死角になる、窓際一番前の席。
二人並んで座っているた。
何気ない素振りでノートを広げ、それでも二人に意識を集中する。
カヲルが何か、シンジに話し掛けた。
シンジは何度か頷いた後、不意に笑いだす。
どうせ、下らないことで笑っているんだわ。
でも、私は知っている。
あいつが来るまで、シンジはあんなふうに笑ったりはしなかった。
私がいらいらするくらいに、内側ばかりを見ていた。
何もかも諦めていて、自分ばっかり疲れているような顔しかしていなかった。
そんなシンジが鬱陶しくって、腹立たしくって、私は嫌だった。
あいつが転校してきたのは、去年の事。
季節外れの転校生。
その頃から、シンジは少しずつ変化していった。
自分から変わろうなんて、絶対にしなかったシンジが・・・・・
いつの間にかカヲルと仲良くなって、一緒に居るようになっていた。
二人に似ているところなんて、一つもない。
どうしてそんなに仲良くなったのか、私には理解できないわ。
そして、ある日突然に気が付かされた。
カヲルの視線の意味を。
私自身の本当の気持ちを。
別に知りたくもなかった。認めたくもなかった。
でも、もうどうしようもない。
この気持ちを無視するわけにはいかなくなってる。
だから、負けない。負けたくない。
渡さない、渡さない、渡せない。
だって、
好きなのよ
シンジを